院長コラム

診療にあたっての想い、考え方

アレルギー性鼻炎に対する舌下免疫療法  2018.10.23

はじめに

 アレルギー性鼻炎の罹患率は増加傾向である.通年性・季節性を合わせ、その有病率は10年間で10%ほど上昇し、40%近くに達している.  発作性・反復性のくしゃみ・はなみず・はなづまりが学業・仕事・睡眠などに影響し、生活の質を低下させる.獲得してしまった体質に基づく症状なので、治療法は対症的な薬物療法が主体である.自然治癒は気管支喘息に比べ少ない.

 根治療法として1960年代から皮下免疫療法が知られており、経験的要素が強い治療法だが、それなりの効果がうたわれてきた.しかし注射という侵襲性、定期的な通院(3ヶ月間は週2回、その後もしばらくは週1回)通院の必要性から脱落例も多い.アナフィラキシーショックの報告もある.そもそも毎週確実に受診できる患者が、どれくらいいるだろうか?  自分は皮下免疫療法を患者に推奨したことはない.勤務医時代、前任の担当医から引き継いだケースはもちろんある.しかし効果をいつ・どう判断するのか、上腕の皮内反応と患者の自覚の相関はどうなのか、抗原量増加のスケジュールは通常法・急速法どちらを選ぶべきなのか、いつまで継続すればよいのか、治療の費用対効果としては妥当なのか等々、疑問が消化不良なまま、自分が異動になる.このためその有効性が実感できなかったためである.

 近年アレルギー性鼻炎の舌下免疫療法が保険収載された.スギ、ダニ抗原を含有する抗原液または舌下錠を一日1回、舌下から吸収させる治療で、侵襲性は低い.初期投与で副作用が出なければその後は月1回の受診で済み、患者の時間的負担も格段に小さい.

 このように皮下免疫療法の欠点がある程度解決された治療法であるため、根治療法の選択肢として患者へ提案することが増えてきた.逆に舌下免疫療法に興味をもち、説明を請う方にもしばしば出会うようになった.

 ただ北海道の主な花粉症であるシラカバの製剤は、本邦では上市されていない.スギ花粉症例が少ない北海道では、ダニによる通年性アレルギー性鼻炎がその対象となる.

適応と禁忌

 

舌下免疫療法の適応としては、特異的IgE抗体検査や皮膚テストでダニが陽性である症例のうち、以下のケースが想定される.

1.薬物療法無効、効果不十分な例 2.眠気など副作用が強い例 3.アドヒアランス不良な例 4.薬物療法を希望しない例、臨床的治癒・寛解を希望する例
 皮下免疫療法施行の経緯がある例では上記に加え1.全身性副反応が出た例 2.いったん治療開始したものの注射は謝絶され、従来の薬物療法に戻った例が適応となろう.
 免疫療法は鼻アレルギーガイドライン上、軽症から重症(最重症)まですべての重症度で適応となる.
 舌下免疫療法の禁忌ないし治療適応外例として以下の項目がある.副反応発症時の対応が困難となる恐れがあるケースは適応できない.

舌下免疫療法の禁忌としては以下のケースが想定される.

  • 重症な喘息(1秒率70%未満):喘息発作を誘発するおそれがあるためである.
  • 非選択的β阻害薬使用例:副反応時にアドレナリンの投与ができないためである.
  • 妊娠中または近いうちに妊娠を希望する例:ただし妊娠前に維持期に持ち込めた場合は継続可能である.
  • 全身性の重篤疾患 悪性腫瘍、自己免疫疾患、免疫不全、重症心疾患、慢性感染性疾患など、副反応時にアドレナリンの投与ができないためである.
  • 全身性ステロイド薬、抗癌剤を使用、急性感染症罹患の患者
  • T細胞の抗原認識に影響を与えるためである.

     特異的IgE抗体検査や皮膚テストでダニ以外の季節性アレルゲンも陽性の症例への適応はどう考えたらいいのだろうか?実際ダニのみ陽性というケースは少ない.自分は治療開始前、患者に対し「ダニ以外のアレルゲンによる症状は消失しません.しかしいま内服中の薬が減らせたり、休薬できる時期ができるかもしれません」と説明、了承いただいている.自分が最初に本治療を施行した例がこのケースであった.3年間皮下免疫療法を他院で受けられていた60歳代の男性で、抗ヒスタミン薬の休薬に至らないまま、中止となっていた.舌下免疫療法の保険収載を知り、治療の相談に来られたのである.3ヶ月で抗ヒスタミン薬の休薬試行後も、幸い症状再燃無く経過した.

    作用機序

     舌下免疫療法は根治を目指す治療法で、対症的な薬物療法とは作用メカニズムが異なる.

    機序は不明な部分も多いとされるが、本治療著効例に対する血清サイトカイン値の解析で、IFN-γをはじめとする7種のサイトカインの相互作用が強いという結果が報告されており、効果発現の一端を担っているようである.

     中世から、うるしかぶれに対し、類似した民間療法があったと伝わる.漆職人が自分の子どもに職を嗣がせるため、幼少時から少しずつ漆を舐めさせて、かぶれない様にするというものである.海外でも漆が特産品として経済の要となっている地域では、同様の手法が取られていたようである.経験的に、経口的な免疫寛容の誘導を図っていたものと思われる.

    治療の実際

     舌下免疫療法を行っていても抗原除去、回避は必須である.
    治療法は増量期と維持期からなる.副反応対策など安全性の見地から、製剤によりアレルゲンを3日間または7日間で漸増する.皮下免疫療法の場合、数ヶ月かけて細かく増量する必要があり、医師の裁量が入り込む余地が大きい.舌下免疫療法の場合短期間で済み、すべての患者に同じスケジュールで治療抗原を投与できる.
     副反応の多くは局所反応であり、口腔掻痒感、口腔粘膜浮腫、咽頭刺激感が多くを占める.一部に喘息発作、じんましん、消化器症状が認められる.
     もともと抗ヒスタミン薬などの定期投与を行っていることが多いが、導入初期は薬物療法を継続する.効果が発現するまで、数ヶ月間を要するためである.
     自分は3ヶ月を目処に抗ヒスタミン薬などの休薬を試行している.症状再燃がなければ免疫寛容誘導成功である.ダニ単独感作例に本治療を3,4年施行すると、中止後も年余にわたって症状抑制が認められるとの報告も散見される.その後再燃しても治療前に比べ症状スコア半分程度で済んでおり、再開すれば早期に症状制御が可能とされる.
     

    なお10%程度に無効例が存在するとの報告もあり、治療の限界といえる.残念ながら無効例を施行前にピックアップする手段が今のところ存在しない.

    開始時期について

     

    スギ花粉症最重症例では、花粉飛散ピーク期は免疫応答が亢進しているため、本治療開始は回避することが望ましいとされる.副反応が出やすいためである.ダニによる通年性アレルギーの場合、当然ながら季節性はないのでいつでもよいと考えられる.しかし特異的IgE抗体検査でダニのほか、季節性アレルゲンも陽性の場合、その飛散期は回避した方が良いのかも知れない.

    舌下免疫療法のメリット

    1.治癒が期待できる.2.従来の薬物療法の投薬種類が減らせる.3.他抗原による感作や発作を予防できる.4.喘息の発作を予防できる.5.既存の薬物療法で得られない効果がある点である.One Airway One Diseaseというtermがあるが、鼻腔から喉頭、気管・気管支に至るまで、ひとつの臨床領域として捉える概念である.疫学的にも、アレルギー性鼻炎、気管支喘息は併存することが示されている.

     気管支喘息の85%はアレルギー性鼻炎を合併しているという報告がある.その逆、つまりアレルギー性鼻炎例が気管支喘息を合併する割合は15-38%とのことである.

     アレルギー性鼻炎は気管支喘息発症の危険因子とされ、喘息に先行した発症が少なくない.また小児のアレルギー性鼻炎管理は、アレルギーマーチに乗ってしまわないためにも肝要である.本治療は当初12歳以上が適応であったが、2018年に5歳以上の小児に拡大適応となった.保護者の関心が低い場合、アレルギー性鼻炎が放置されている.その可能性について留意する必要がある.

     咽喉頭症状を自覚するようになったアレルギー性鼻炎患者への説明に使うこともある.鼻汁擦過細胞診で好酸球が確認されていれば、その咽喉頭症状もアレルギー性の可能性がありますね、とまとめることができる.

    舌下免疫療法の問題点と展望

  • 臨床マーカーが存在しないため、効果判定は患者の自覚症状によるしかない.
  • 治療前に網羅的解析で長期効果が予測できれば、適応例を絞り込むことができ、医療経済に貢献できる.
  • 舌下免疫療法は皮下免疫療法に比べ全身性副反応が少ない反面、軽度の局所反応は投与開始後1~2ヵ月に高率に発生しやすい.再診間隔を1ヶ月に延ばした頃に、局所反応から不安を覚え途中で脱落する患者も多いとされる.治療開始前の十分な説明が肝要といえる.
  • シラカバ花粉症の患者間に、リンゴやモモなどバラ科の果物による口腔症状が診られることが知られている.これらの果物の蛋白が花粉抗原と交差反応性を持つためである.シラカバ花粉の舌下免疫療法が行えれば、こうした花粉ーアレルギー症候群(口腔アレルギー)症状の軽減や発症抑制が期待されるのではないだろうか.残念ながら、本邦ではシラカバアレルゲン抗原液・舌下錠が上市される予定はまだ無いようである.
  • 以上アレルギー性鼻炎に対する舌下免疫療法について、その概要を記した.


患者さんと一緒に、一番いい治療を探す. そんなクリニックでありたいと思います.